嘘裏蛸足の粘土さんに誘われて、交換日記に参加する事になったのが11月の頭、私が「日記なんて書けません」と言うと、粘土さんが「好きな事を書いていいよ」とおっしゃったので、好きな事を書いたらこんな事になってしまいました。
2002/2/2
電気椅子と私
日本の死刑執行に電気椅子が復活してから今日でちょうど十年目でございます、この良き日にわたくしがこの場所に立ち会えた事を感謝します。
(拍手)
えー、ここにお集まりの皆様は、まあ、ご存知とは思いますが、簡単に紹介をさせて頂きます。わたくしこの開発者でありまして、差し出がましくも親のような気持ちで見守って参りました。息子の活躍を夢見ておったわけであります。
(客席笑)
もちろん先の大戦中はわたくし戦地におもむいておりましたので、その間の開発は中止しておったわけですが、野営地に起きまして紙と鉛筆は片時とも手放す事無く改良に改良を重ね、生き抜いたわけでございます。そして戦後5年、本日を持ちまして試用期間を終了、実用化へと踏み切る事になったわけであります。
(拍手)
ありがとうございますありがとうございます、それではさっそく、スイッチの方を押していただきましょう、え、わたくしが、そんな、打ち合わせとちが、え、開発者特権、う、うれしい、わたくしにそんな大役を、ありがとうございます、それでは皆様、ごきげんよう、ごきげんよう、スイッチオビリビリビリビリビリビリ
2002/01/02
「ずいぶん長く生きてきたような気がいたします、わたくしはじっくりと物事に取りかかれない性質なので、ようよう無為な時間をすごしてまいりました、しかし古伝にありますとおり、親の言葉とわたくしの花には万にひとつの無駄もないのであります」
そう叫びながら彼はライフルの銃身を口に入れ、銃爪をひいた。
そらに小さな茄子の花
むらさき色の茄子の花
2001/12/17
その年の暮れに僕らは移送される事になった。同室のキイスは僕らの世代には珍しく情報に対する欲求が強く、移送の直前まで懲罰房に入れられていて、結局僕はシャトルに乗るまでキイスが逃げ出した事に気付かずにいた。
逃げ出した、というのは正確な表現ではない。僕らは戦後民主主義の熟れの果て(キイスの好きだった表現だが、意味はよくわからない)の決まりごととして行動に対する任意確認を取らされていた、キイスはそれに「拒否」とタイプしたのだ。
科学庁の発表によればあと20年、僕らの間の噂では25年、地球はもつらしい、その後はわからない、マントルの対流が予測数値をはるかに超えて…僕は理系じゃないんだ。
とにかく、僕は発射直前のポートロビーで教師からキイスの離脱を聞いて、軌道上へ向かうシャトルの中でキイスから僕へ宛てられたメールを開いた。
ロムホロ特有のシャープなカッティングで、キイスの顔が、その金の巻毛から下へ再生されはじめた。
-----------------------------------------------------ヤー、カメラード。今ごろ君はロビーかシャトルか、もしかしたらもうAOSに着いてシャワーでも浴びてるのかな。こんな風にお別れを言うのはさみしいんだが、君には言っておきたいと思ってね。コロニーには行かないよ、僕は1週間の献立が決められてる生活なんてのはまっぴらなんだ、あんなのはインチキだよ。僕はこの「年老いた星」の上で退化した地ネズミのから揚げでも食べていたほうがマシだと思うね。もちろん君が行くのは自由だ、止めやしないよ。でもね、良く考えてごらん、僕らの人生ほどつまらないものは今までの歴史にあっただろうかね?試験管で生まれ、高純度家庭で育ち、寄宿制のテレスクールに通い、連邦軍に入隊して、それで今度は地球が終わるから移民しましょうってね、自分で決めた事なんてなにひとつないんだよ、いやいやいや、僕が一昔前のニーチャーみたいに個性なんて下らない考えにとりつかれたなんて事は思わないでくれ、僕が君と同じ種だって事は良くわかってる。
「思想」なんてガス抜き、君は必要ないって笑っていたっけね、でも君「考える」いうのはとても良いものだよ、楽しい、まるでヂュープしてる時みたいに楽しいんだ、それでいて、何も使っちゃいない、薬も入れない、脊髄に電極を通したりもしない、他にそんな事が思い当たるか?
僕が行かない事に決めたのはね、昨日の夜に空を見たからなんだ。僕らの空は生まれた時から青黒い雲で覆われていた、色の差のない青一色の空だったね。それが環状軌道衛星のプラズマのおかげで一晩だけ割れたんだ、そう、昨日はそんなすばらしい記念の日だったんだよ。僕はそれを見た。
計画があるんだ、北の廃棄都市の中でね、僕は君に伝言を送ろうと思う、おぼえてるだろう?ホラ、古代の、ク…なんだっけ、アレだよ。それが見えてたら、僕がまだ生きてるんだって事を、思い出して欲しい。それじゃ、バッテリーが切れそうだ。 ------------------------------------------------------
ロムホロはそこで終わっていた、その直後僕が鎮静剤をスプレーされるまで大気圏外のシャトルから飛び降りようと暴れた事は忘れて欲しい。結局僕は、それから外惑星移民隊に編入されるまでの18年間をAOSで過ごした、その間キイスの事を忘れはしなかった、3年目に廃棄都市の上空を通った時に、もうこれからずうっとキイスが僕へメッセージを送る事はないだろう現実を認識してからも、僕は毎年確認をした。
毎年、毎年、同じ日に、キイスが好きだった、クリスマスの日に。
ねえキイス、僕は決まった献立が好きなんだよ。
2001/12/5
嗜好品としての生食
「私は甘いものが大好きで、コンビニに行くと、つい甘いものを買ってしまいます。特に好きなのは「シュークリーム」等のクリーム系と「アップルパイ」等の加工果物系で、特に後者の加工果物系は、ずぼらな私にとって唯一の果実補給源ですので、欠かす事ができません。あとは気分によって「ゼリー系」を食します。飲み物では「ラッシー系」が最も胃袋を刺激します。食事中もよくお茶を飲むのですが、私はどうも唾液が少ないようなので、パサパサしたもの、歯につまる物が苦手なのです、そうです、生っぽいもの、生食が好きなのです。あ、クリーム系は新製品が出ると必ず買ってしまいます、紫芋のシュークリームなど、もう一度食べてみたいもののひとつであります。最後に、食べられるなら、それを所望したい、いいえ、贅沢は申しません、自分のしでかした罪を考えれば、それがたとえ単なる生クリームだったとしても、文句は言いますまい。亡くなった48名の尊い命の事を考えると、私は今でも胸が張り裂けそうになるのです、え、本当ですか、最後にデザートが、おお、有難や有難や」
しかし最後の晩餐についてきたデザートは「らくがん」であった。
2001/11/28
ポケットカウボーイは卵の中でサーチライトの夢を見る
我々は協力して、そして荒れ地を狙う。
ボディーの最上部で、動かして、そして水浸しにする巨大な菌類糸の内側について、目がない卵がその空から下降する、同朋の晩に。
サーチライトよ照らせ! サーチライトよ照らせ!
午前3時の町の内側、それが震えて、そして眠る木立ちのギャップ。
コールした、そして広がった、我々がおぼえていた、ライトになった遠い戦争、モニターでの悲劇、世界的な規約違反。
サーチライトよ照らせ! サーチライトよ照らせ!
2001/11/23
REZ面白え。
画面にはワイヤーフレームで表現された無限の空間が広がっていた、俺はその時、買ったばかりのシューティングゲームに熱中していて、傍らにはウォッカ、座椅子に座って俺最高の気分だった。
「REZ面白え」
口に出して言ってみると、すげえ間抜けだ、わはは。携帯電話が鳴った、座椅子に座ったままベッドの上にある携帯電話を取ろうとした、それで、座椅子がひっくり返った。卓袱台の角に後頭部がぶつかって、灰皿がひっくり返ったところまではなんとなく意識があったが、その後ブツンと途切れた。座椅子は俺の後頭部を卓袱台にぶつけた後、丁寧にも重力に従って、もとの場所に戻ったらしい。真っ暗なもやのなかから抜け出して、いくつかの事に気づいた。画面の中の俺は既に死んでいて、現実の俺は生きていたんだが、すっかりだらしなく座椅子に横たわって、半目を開けてよだれをたらしている。鼻の奥から熱いものがこぼれたような気がしたら、視界の下あたりから、細かくちぎったセロハンみたいなのが出てきて、踊り始めたので、頭の中に、死、という単語がじんわり浮かんだ。
ベッドの上の携帯電話は、既に沈黙していた。手足にしびれはない、只、動かそうと思うが力が入らない、もう完璧に駄目なのかも、わあ、どうしよう。
そこへ、加奈子が来た。
携帯電話にかけたが出ないので、とりあえず家まで来て見た、二度ベルを鳴らし、返事がないのでドアノブを回したら開いていたので入ってきた、というような事をばらばらの順列でまくし立て、返事がないのを勘違いしたのだろう、加奈子は俺の後頭部に向かって酷い事を言った。
「あなたっていつもそうね、怒ると黙っちゃうんだから、でももういいの、私、佐藤さんと付き合うことにしたから」
なんて事だ、佐藤さんだと、くそ、あの男のっぺりした顔の癖に、加奈子、あんな男でいいのか、俺は必死で今の状況を伝えようと、手足を心の中でばたつかせた。すると、コントローラを握っている手の、親指だけが動くじゃないか、よし、いいぞ、それで何かを伝えろ、この、動いて、スタートボタンを押した。
ゲームがスタートしてしまった。
「そう、わかった、怒ってもくれないのね」
違う、違うんだよ加奈子、俺は今、死にそうなんだっつうの。わかれよ、この野郎。俺はもう一度意識を集中して、腕を動かそうとした。ひじから下だけが、座椅子のはじから出て、手のひらからコントローラーが落ちた。よし、異常な状況だ、これでさすがに気づくだろう、俺は安堵で遠く消えそうになる意識を引き戻しながら、加奈子の次の言葉を期待した。
「そうね、これ、私のだから、持ってくね」
そう言うと加奈子は、今年の夏に、俺の誕生日に買ってくれたプレステ2の電源を落とし、接続を外し、コネクタをまとめて、紙袋の中に仕舞った。REZ入ったまんまだよ畜生、返せ。加奈子は目を合わせるのが嫌なんだろう、俺の顔を見ようともしない、勘弁してくれ、俺は今よだれを流しているのだぞ。
「それじゃ、私もう来ないから、本当だから、さようなら、ついてこないでね」
ブーツを履くあいだ、加奈子は喋っていた、俺が返事をしないから、少し怒っているような気がした。勝手な女だ、いや、そういう問題じゃないな、救急車、救急車呼んでくれ。ブーツを履き終えて、加奈子は去っていった、鉄のドアが開いて、ぎいぎい鳴りながら閉まるまでの時間を、俺は大層長く感じた。
目の前が暗くなった。
2001/11/21
ソナー ソナー 魚群探知機
声 声 遠くで呼ぶ声
祈り 祈り 聖堂に響く
うた
ゴムの手袋 白い天井 プラスチックの瓶
白いシーツ 銀の蜀台 半透明のドレープ
ベッド ベッドの脇 ベッドの脇にオシロスコープ
フラットライン フラットライン
僕は音速を超えた
僕は 音速を 超えた
2001/11/18
夕方眠って、夜中に起きると、静かで、車の走る音がして、全てが遠くなったような、時間が止まったような気持ちになります。そのまま世が明けずに、ずっと夜のままだったら、というテーマの短編SF小説があって、私は毎日、生きていく為に維持しなければならないことの多くが、嫌で嫌で仕方なかったので、そのような世界に留まりたいと思うようになりました。
それで今、無職なんですけど、無職で毎日ふらふらしてると、少しさみしくなります。人は、夢や希望に向かって、邁進しなきゃいけないんじゃないか、周りのみんなは地に足のついた生活をしているのに、私はそれができないので、駄目だなあ、と思います。
でも、このゆりかごの中から出たら、世界とか言って超気持ち悪いし、人とあわせる必要なんてないし、あわない人と一緒にいる意味がわからない。自分を守るために嘘をつくのは、疲れるし、心が冷える。ゆっくり眠れなくなる。寂しくて夜中に泣きたくなる。維持するために犠牲にするものの多さに愕然としてしまうので、私はもう死んだほうがいいかな?(いいとも!)
でも死ぬと何もかもがなくなってしまって、楽しくないので、死ぬのはやめます。(そうですね!)
ゆりかごが揺れてる、私はどこにいる?
2001/11/15
私は自分がなんでそこにいるのかも、忘れてしまっていた、朦朧と目の前に座っている人物を見つめる、さっき私を殴ったのはこの男だっけ、それとも隣に立っている、スターリンみたいな髭の男かな、ああ、もう時代は変わろうとしているのに、私は、こんな所で何をしているのだろう、耳の奥が痛い、私は座っている、木の椅子、目の前に二人の男、腐った思想犯、狩られる、狩られる、もっと映画に出たかったな、私は才能がなかったんだろうか、生きる為の、才能、こんな所で死ぬのは嫌だな、シャワーを浴びたい、私には思想なんてものはありません、唇が切れてるから、うまく喋れない、嫌だな、なんでこんな事になったんだろう、この国に来れば幸せになれるって思ってた、もう終わっちゃうんだ、短い夢だったな、寂しい、鼻に血が詰まってるから、さっきから口を開けて息をしてる、とても眠い、私は知りません、集会なんてありません、私は、そんな人と会ってません、だって本当に知らないんだもの、痛い、大丈夫かなあ、この傷、治るのかなあ、生きて、家に帰れるのだろうか、痛い、嫌だ、こんなのは、嫌だ。
私が鉄格子の間から空を見上げると、星々のあいだを何かが流れていった、1957年の冬だった。
2001/11/13
その日僕は加奈子に鍵を返し、帰る家のない犬になった。加奈子は変わらない大きな瞳で僕を見つめ、さようなら、と言った。僕はうつむいたまま、黙って喫茶店を出た。
上着のポケットに手を突っ込んで、秋風の中を歩いていると、やりきれない気持ちになった、どうでもいいような、何かを忘れているような、口の中が乾くような。
足元を枯れた葉が巡った、くるくる、くるくる、くるくる。
行きつけの中華料理屋に入り、いつものB定食、ニラレバを頼んだ。もう、来る事はないのだろうな、加奈子と会うかもしれないこの町で、のうのうと暮らせるほど、僕は恥知らずではない。テレビからは再放送のドラマが流れていた、いやなタイトルのドラマだ、どうやら最終回らしい。どんどんと人が死んでいき、主人公は傷だらけになっていく、おかしいな、トレンディドラマのはずなのに。主演の男優はこのドラマのあと、ニューヨークに行って、それから行方が知れない。
都庁の下で主人公が死んだ。ひとりぼっちで、死んだ。途端にくだらないCMが流れ始めた、暖房機のCMだった、見たこともない家族が、幸せそうな顔をしていた。
僕は、ぼろぼろと涙を流しながらニラレバ定食を食べた。
2001/11/13
ほとほと、人生に疲れまして、現在無職執行中のビニール袋さん(24)なんですが、いわゆる、人生に疲れた、というアレ、死に至る病、ってやつですか?あのう、子供の頃から協調性、というものに欠け、ずうっと、自分は間違ってるんじゃないか、これは、夢なんじゃないか、目が醒めたら自分は、なんて考えて生きてきたのですが、妄想こそ我が人生だったのですが、わりとこれが、無理、役に立たない、現実はじんわり私の心を緑に染め(みゅー)、私はただ一人、電卓片手にすっくと立ち上がり、部屋の壁にそって歩き始めたのです。電卓は、嘘をつかないし、私の言う通りに動くし、13、たす、45、は、58、なんつって、とっても素敵、だし。
そんな私の歌、聴いてください。
ラララー(おわり)